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【日本語訳】カルグクス屋〔うどん屋〕トゥリバン、再開します。

「京郷新聞」2011年6月9日一面


原文
http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=201106082136315&code=940202



カルグクス屋〔うどん屋〕トゥリバン、再開します。


弘益大学前強制撤去借家人夫婦、建設社と合意「531日闘争」に幕


「長い間たいへんだったが解決して嬉しいです。様々な人が助けてくれたから今日を迎えることができました。」


無分別な都市開発に対し抵抗の象徴になってきた弘益大学前のカルグクス屋「トゥリバン」主人のアンジョンニョ氏(53)は涙を見せた。


しかしこの日だけは、憤怒ではない感激によって流れた涙だった。


トゥリバンの闘争がはじまってから531日目である6月8日正午、ソウル市麻浦区丁でトゥリバン対策委員会と施行者ナムジョンDNCが「トゥリバン撤去問題解決のための合意文」に署名した。双方の代表と麻浦区・麻浦警察署関係者などが参席した場で、双方は「トゥリバンが既存の商圏と類似した場所で営業を再開できるようにする」という内容の合意文に判を押した。これをもってトゥリバンは弘益大学付近で再開できるようになった。


トゥリバンは2009年クリスマスイブに強制撤去された。2005年からこの場所で商売をしてきたアン氏にとって施行者が提示した移住費は300万ウォン。新しい場所で商売をするどころか生計を維持するにも法外に不足した金額だった。この場所は公営再開発地域ではなく民間事業者が主管する場所なため「都市および住居環境整備法」の保護を受けることができなかった。道端に追い出されたアン氏は翌日、夫であるユチェリム氏(51)とともにトゥリバンの中に入り篭城を開始した。


以降、トゥリバンを支持する人たちが一人二人と篭城の場所に集まりはじめた。いろんな音楽会とドキュメンタリー上映会が開かれ、ろうそく礼拝もおこなわれた。「手当たりしだいの開発」に抵抗する芸術家たちの公演は地域住民たちを呼び集め、政治家も関心を持ち始めた。電気が止められもしたが、トゥリバンを見守る人々はより多くなった。トゥリバンは「小さな龍山」と呼ばれるようになった。


事態が解決し、トゥリバン事件が、商店借家人たちの権利確保のための一里塚としての意味を刻んだという評価がある。撤去民たちを法律的に助けてきたキムナムグン弁護士は「この間には商店借家人たちの住居権を無視し、撤去を強行することが慣行だった」とし「共同体の中の住居権や生存権を保障する方向で開発がなされなければならないということを見せてくれる先例として残るだろう」と言った。


「分かち合いと未来」のイジュウォン事務局長は「借家人たち個人が巨大な建設資本と対抗し自分たちの権利を主張することは不可能だった」とし「これからも借家人が住民たちや地域社会と力をあわせなければならない」と言った。かれは「正当な補償を受けられない再建築商店借家人たちも法的に補償されるよう補償範囲を拡大しなければならない」と付け足した。


ちょんひわん記者